練習 9.1

課題文

χάρις χάριν τίκτει.

語彙

文中の語 見出語形 品詞 変化形 主な意味
χάρις χάρις 女性名詞 単数/主格 恵み, 好意, 感謝
χάριν χάρις 女性名詞 単数/対格 恵み, 好意, 感謝
τίκτει τίκτω 動詞 三人称/単数/現在/直説法/能動態 産む

脚注

特になし。

出典と翻訳

不明。

田中秀央 落合太郎 編, ギリシア・ラテン引用語辞典, 岩波書店ではこれと同じ文に「深切は深切を生む」という訳文を与え、ソポクレースの『アイアース』522と比較せよ、としている。 そこではコロスと共にアイアース自死を引き止めるテクメーッサの長いセリフの一部で

Χορός
οὐδεὶς ἐρεῖ ποθ᾽ ὡς ὑπόβλητον λόγον,
Αἴας, ἔλεξας, ἀλλὰ τῆς σαυτοῦ φρενός·
παῦσαί γε μέντοι καὶ δὸς ἀνδράσιν φίλοις
γνώμης κρατῆσαι, τάσδε φροντίδας μεθείς.

Τέκμησσα

485ὦ δέσποτ᾽ Αἴας, τῆς ἀναγκαίας τύχης
οὐκ ἔστιν οὐδὲν μεῖζον ἀνθρώποις κακόν.
ἐγὼ δ᾽ ἐλευθέρου μὲν ἐξέφυν πατρός,
εἴπερ τινὸς σθένοντος ἐν πλούτῳ Φρυγῶν:
νῦν δ᾽ εἰμὶ δούλη: θεοῖς γὰρ ὧδ᾽ ἔδοξέ που
490καὶ σῇ μάλιστα χειρί. τοιγαροῦν, ἐπεὶ
τὸ σὸν λέχος ξυνῆλθον, εὖ φρονῶ τὰ σά,
καί σ᾽ ἀντιάζω πρός τ᾽ ἐφεστίου Διὸς
εὐνῆς τε τῆς σῆς, ᾗ συνηλλάχθης ἐμοί,
μή μ᾽ ἀξιώσῃς βάξιν ἀλγεινὴν λαβεῖν
495τῶν σῶν ὑπ᾽ ἐχθρῶν, χειρίαν ἐφείς τινι.
ᾗ γὰρ θάνῃς σὺ καὶ τελευτήσας ἀφῇς,
ταύτῃ νόμιζε κἀμὲ τῇ τόθ᾽ ἡμέρᾳ
βίᾳ ξυναρπασθεῖσαν Ἀργείων ὕπο
ξὺν παιδὶ τῷ σῷ δουλίαν ἕξειν τροφήν.
500καί τις πικρὸν πρόσφθεγμα δεσποτῶν ἐρεῖ
λόγοις ἰάπτων: ἴδετε τὴν ὁμευνέτιν
Αἴαντος, ὃς μέγιστον ἴσχυσεν στρατοῦ,
οἵας λατρείας ἀνθ᾽ ὅσου ζήλου τρέφει.
τοιαῦτ᾽ ἐρεῖ τις: κἀμὲ μὲν δαίμων ἐλᾷ,
505σοὶ δ᾽ αἰσχρὰ τἄπη ταῦτα καὶ τῷ σῷ γένει.
ἀλλ᾽ αἴδεσαι μὲν πατέρα τὸν σὸν ἐν λυγρῷ
γήρᾳ προλείπων, αἴδεσαι δὲ μητέρα
πολλῶν ἐτῶν κληροῦχον, ἥ σε πολλάκις
θεοῖς ἀρᾶται ζῶντα πρὸς δόμους μολεῖν:
510οἴκτιρε δ᾽, ὦναξ, παῖδα τὸν σόν, εἰ νέας
τροφῆς στερηθεὶς σοῦ διοίσεται μόνος
ὑπ᾽ ὀρφανιστῶν μὴ φίλων, ὅσον κακὸν
κείνῳ τε κἀμοὶ τοῦθ᾽, ὅταν θάνῃς, νεμεῖς.
ἐμοὶ γὰρ οὐκέτ᾽ ἔστιν εἰς ὅ τι βλέπω
515πλὴν σοῦ. σὺ γάρ μοι πατρίδ᾽ ᾔστωσας δόρει,
καὶ μητέρ᾽ ἄλλη μοῖρα τὸν φύσαντά τε
καθεῖλεν Ἅιδου θανασίμους οἰκήτορας.
τίς δῆτ᾽ ἐμοὶ γένοιτ᾽ ἂν ἀντὶ σοῦ πατρίς;
τίς πλοῦτος; ἐν σοὶ πᾶσ᾽ ἔγωγε σῴζομαι.
520ἀλλ᾽ ἴσχε κἀμοῦ μνῆστιν: ἀνδρί τοι χρεὼν
μνήμην προσεῖναι, τερπνὸν εἴ τί που πάθοι.
χάρις χάριν γάρ ἐστιν ἡ τίκτουσ᾽ ἀεί·
ὅτου δ᾽ ἀπορρεῖ μνῆστις εὖ πεπονθότος,
οὐκ ἂν γένοιτ᾽ ἔθ᾽ οὗτος εὐγενὴς ἀνήρ.

コロス
そのお言葉をつくりごとと申す者は、アイアスさま、よもや誰もいますまい。 まことに衷心よりのお言葉と存じます。 ただねがわくはお気を取り直しくださいますよう。 これなるちかしい者どもに免じて、そうした想いはふりすてなされ、御決心を変えてくださいますように。

テクメッサ
わたしのあるじアイアスさま。 およそこの世の人間たちにとって、まぬがれえない運命の試練ほど、つらい不幸はございませぬ。 このわたくしも、もとはといえば自由人の生まれ、プリュギアきっての力と富をもった父親の娘でございました。 それがいまではこうして人にかしずく身。 おそらくは神さまが、そして何よりもあなたの力づよいお手が、そのようにお決めになったのでございます。 さればわたくし、あなたに添う身となってよりこのかた、心からあなたのお為を思わぬときとてありませぬ。 いまのわたくしは、お家のかまどの守護神まもりがみゼウスさまの御名にかけて、また二人が結ばれたあなたさまの臥床ふしどにかけて、お願い申し上げます—なにとぞ、このわたくしを他人の手にゆだねるようなことは、そしてあなたの敵どもから、つらい恥ずかしめの言葉を受ける身の上とするようなことは、なさらないでくださいまし。 あなたがお亡くなりになり、私を見すててこの世をお去りになるその同じ日は、このわたくしもまたアルゴスびとらにむりやり連れて行かれて、あなたの御子とともどもに奴隷の暮しをしなければならなくなる日と思し召せ。 そうなれば、わたしのあるじとなる誰かが、ひどい言葉でわたしを嘲って、「見ろ、これが全軍きっての強者つわものだったアイアスの囲い女だ、あれほど人も羨む仕合せ者だったのが、何と賤しい婢女はしためとなりはてたものよ」と、こんなふうに言うことでしょう。 わたくしひとりのことなれば、身のさだめにつらい思いをするだけですむものの、このようなことを言われるのは、あなたさまの、さらには御一門の、名折れではございませぬか。

それにあなたの父君を、悲嘆にくれる老いの日々のなかに、置き去りになさるのがはばかられませぬか。 よわいをかさねた母君のことが、あなたが生きて帰られるようにと、いくたびか神さまにお祈りなされている母君のことがはばかれませぬか。 さらには、殿よ、御自分の御子さまの身の上を、哀れとは思し召されませぬか。 もしもあなたに見すてられてただひとり、若年にふさわしい養育の心づかいもなく、冷い後見人の手もとで日を送るようなことになりましょうなら、あなたがお亡くなりになってあの御子とわたくしとにお遺しになるさだめは、どんなに不仕合せなものでございましょう。 あなたというお人がいなければ、わたくしはもはや、いったい何に目を向けて頼りを求めればよいのやら…。 あなたさまは槍をふるって、わたしの祖国をほろぼしました。 そしてまた別の運命が、わたしの生みの母と父とを亡き者として、ハデスの国へ住まわせました。 そうしたわたくしがいまあなたを失えば、何がわたしの祖国となってくれるのでございましょう。 どんな富がわたしにあるのでございましょう。 この身のすべては、あなたによって支えられているのでございます。 それにどうか、このわたしのことも思い起こしてくださいまし。 いくらかでも歓びを味わったならば、その思い出を胸にあたためてこそ、まことの男と申すもの。 優しさを生むものはつねに、優しさなのでございますゆえ。 たのしい思いをしておきながら、それを忘れておしまいになるようなお方は、ほんとうの気高い男子おのことは申せませぬ。
(藤沢令夫 訳)

のように語られている。

メモ

巻末の語彙集を見るとχάριςの単数/属格がχάριτοςとなっているので、これが第三変化をとる名詞である、と把握することが本課題文の主旨と思われる。 あとはχάριςの訳語に何を選ぶか、の問題。

つまり、「χάριςχάριςτίκτωする」が文意なのだが、文脈が不明なので何ともいえないとはいえ、主格で表されているχάριςと対格で表されているχάριςには同じ訳語を入れるのが妥当と思われる。 なぜそう思うのかというと、同じ単語で違う意味合いを持たせたいのであれば、それを示唆するような前後の文脈が必要で、本課題文にはそれがないから、ということになる。

そうすると、巻末単語欄の訳語を当てはめていくと

のうちどれかということになる。 神話ではΧάρις(複数 Χάριτες)は優雅さの女神たちでもあるから、これらの訳語に「優雅さ」を加えてもいいかもしれない。


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