アルファベット
地方ごとのアルファベットに見られるたくさんの相違点は、当時の人々が単に文字のバリエーションを作っていた---ここで、その詳細な議論は避けるけれども---かぎり、碑文学者たちがその年代や碑文の元を調べるのに重要だ、というくらいです。 とはいえ、アルファベットの使用と出現ということが、ギリシア語としての発音によって表現される内容を意味することは、確かなこととして指摘したいと思います。
1.
ギリシア語のアルファベットでもっとも原始的なものは、クレータ島やテーラ島、メロス島の碑文に見ることができます。
フェニキア文字に由来しないΦ(ギリシア文字のPhi)やΧ(ギリシア文字のChi)、Ψ(ギリシア文字のPsi)は導入されていませんでしたし、フェニキア文字の𐤎(sāmekh)も使われていませんでした。
クレータ島ではφやχの音価はπhやκh(またはϙh)として表現されていました。
とはいってもフェニキア文字の𐤇(ḥēth)(またはギリシア文字のΗ)が使われるときもhではなくηであったり、φやχと、πや
2. ギリシア文字が出現してから、次の段階になったのは、Φ, Χ, Ψの三つの文字が導入された後でした。 アルファベットはこれらの文字に音価を割り当てた結果に従って、二つの階層に分かれました。 東部ギリシアのグループでは---ここにはイオニア地方も含まれますが---φ, χ, ψが導入され、𐤎(sāmekh)にξを割り当てるようになりました。 とはいえ、もっと細かく見ていくと、アッティカ地方に代表されるようにφとχだけが導入され、ψやξはまだπσやκσと表現されている地方もありました。 西部ギリシアのグループでは、エウボイアに見られるようにギリシアのアルファベットのほとんどを持っていました。 そしてここからカルキスへ殖民した人たちを通してイタリアへ渡り、ラテン語のアルファベットの元になっていくのです。 これらのアルファベットでは、Φ, Χ, Ψはそれぞれφ, ξ, χが割り当てられ、𐤎(sāmekh)は使われていませんでした。 そしてψの代わりとしてπσや、しばしばφσが使われていました。 (ラコニア地方とアルカディア地方だけは、これに特別な文字*をあてていました。)
3. アルファベットにϜ(vauまたはdigamma)を持っていて、ほとんどの場合ϙ(koppa)を持っているようなごく初期の碑文では、これらの文字がοやυの前に置かれます。 そして、これらの文字とοやυの間に流音が入ることもあるのです。 例えば、ϙορινθόθεν, hὁρϙος, Λοϙρός, ἐϙρότε, Πατροϙλος, ϙλύτοςなどのように。 (他の位置関係は、とても稀です。)
4. σには二つの文字から音価を割り当てられました。 ひとつはϟまたはΣ(sigma)で、もうひとつはϺ(san)です。 ほとんどのアルファベットはこれらのうちひとつを他の音価を排除するのに使っています。 とはいえ、これらの区分の例というのは本当にわずかしかありません。 アルカディア地方のマンティネアでの初期の碑文ではϺ(san)を簡略化した文字Ͷが使われており、他の資料から知られているように、アルカディア-キュプロス地方起源の特別な歯擦音として使われています。 Ͷις(これを私たちはσιςのように表記します)はキュプロス島ではσιςのように表され、アッティカ地方ではτιςのように表されました。 このことについては、「68.3」も参照してください。
Ͳ(sampi)もまた、恐らくはϺ(san)から転化したものと思われます。 小アジアのイオニア地方での碑文に見られ、たいていの場合σσとみなされ、アッティカ地方のττに対応すると考えられます。 例えばハリカルナッソスではἈλικαρναͲέ(ω)νをἈλικαρνασσέωνのように、エペソスではτέͲαρεςや τεͲαράκονταをτέσσαρεςというように、テオスでは[θ]λάͲηςをθάλασσανのように対応させています。
5. ボイオーティアではͰ(heta)---一般的にはΕとΙの中間の音で発音していましたが---しばしば狭いεとして使い、後にはιのように発音していました(これについては後に「9.2」でも議論します)。 コリントスとメガラではΒとΕにe音を当てていましたが、この二つはしばしば区別して発音されていました。 このことに関しては、「28」も参照してください。
キュプロス島の音節については、「レスボス島およびテッサリア地方におけるιの発音に先行する子音的なι」を参照してください。
脚注1
この東西ギリシアに分類されたアルファベットは、KirchhoffのStudien zur Geschichte des griechishen Alphabetsのチャートで示されたものを使っています。 現実にはこの分類とギリシア東部および西部の方言とは直接の関係がありませんが、よく一致することも事実です。