練習 6.9
課題文
Σωκράτης οὐχ ἱκέτευσε τοὺς δικαστὰς καὶ ἐκινδύνευε τὸν κίνδυνον.
語彙
文中の語 | 見出語形 | 品詞 | 変化形 | 主な意味 |
Σωκράτης | Σωκράτης | 男性名詞 | 単数/主格 | ソークラテース |
οὑχ | οὑ | 否定辞 | この語は変化しない | ~ない |
ἱκέτευσε | ἱκετεύω | 動詞 | 三人称/単数/アオリスト/直説法/能動態 | 嘆願する |
τούς | ὁ | 定冠詞 | 男性/複数/対格 | δικαστάςにかかる |
δικαστάς | δικαστής | 男性名詞 | 複数/対格 | 陪審員, 裁判官 |
καί | καί | 小辞 | この語は変化しない | そして |
ἐκινδύνευε | κινδυνεύω | 動詞 | 三人称/単数/未完了/直説法/能動態 | 危険を冒す |
τὸν | ὁ | 定冠詞 | 男性/単数/対格 | κίνδυνονにかかる |
κίνδυνον | κίνδυνος | 男性名詞 | 単数/対格 | 危険 |
脚注
Σωκράτης(§60. 参照)。 κίνδυνον : いわゆるcognate object。
同族目的語(cognate object)
主要部名詞が動詞の意味と類似し、同じ意味の繰り返しとなっている統語的目的語のこと。
例えば、
She lived her life in Berlin
もしくは
She lived a full life
のような文では、[同族目的語はそれぞれher life, a full lifeであり、その主要部名詞] lifeはlivedと類似している。
Peter Hugoe Matthews, 中島平三・瀬田幸人 監訳, オックスフォード言語学辞典, 朝倉書店, 2009(原著1997)
本課題に関して言うと、κινδυνεύω(危険を冒す)の直接目的語としてκίνδυνος(危険)をとっており、そのまま訳語をあてはめると「危険に対して危険を冒す」となってしまうが、「危険を冒す」と解するのが日本語としては自然であろう。 綴り字の上でもκινδυν-までが一致しており、恐らくは同じ概念から派生した語であろうことがわかる。
出典と翻訳
不明。
メモ
脚注でΣωκράτηςへの言及があるのは、この語は-ηςで終わる第一変化名詞ではなくて、第三変化名詞であることを示唆するためのもの。
ἱκέτευσεの形をきちんと把握することが、この課題の重要な目的の一つ。 加音がないように見えるが、テキストでは語頭の ι に ῑ と長音記号がついていることに注意。 単語欄の見出し語であるἱκνεύωという形では、この長音記号がついていない。 つまり、時量的加音(P. 21, §34.2)が行われていることがわかる。 時称接尾辞σをとり語尾に語幹形成母音であるεがむき出しで終わっているので、三人称/単数/アオリストになる。
ἐκινδύνευεの方は加音はあっても時称接尾辞がないので未完了。 ここでの未完了の動作態は、恐らくは動作の始点を表しているのかもしれない。 これは
- ἱκετεύωしなかったことがアオリストで述べられており、κινδυνεύωすることが繰り返し行われたとは解しがたいこと
- 出典の提示がなく、κινδυνεύωし始めたという行為の始点がどこにあるかが不明瞭であること
- 彼がἱκετεύωしなかったために、結果としてκινδυνεύωすることになった、という行為の始点としては、歴史的な経緯を考慮したときに解釈可能なこと
のような理由からそのように判断した。 もしかしたら、未完了の動作態をそれほど強く意識する必要はなく、単に過去の事象を述べただけかもしれない。 ただし、他の何らかの文による文脈のつながりがあったり、何かそう判断すべき根拠を別に持っている場合には、それらを意識した訳し方は有り得るし、そうすべきであろう。
まとめると、Σωκράτηςはδικαστήςたちに対してἱκετεύωせず(その結果として)κίνδυνοςをκινδυνεύω(脚注参照)することとなった、くらいが文意。