練習 18.5

課題文

τῷ δ᾿ ἕτερον μὲν ἔδωκε πατήρ, ἕτερον δ᾿ ἀνένευσε.

語彙

文中の語 見出語形 品詞 変化形 主な意味
τῷ 指示代名詞 男性/単数/与格
脚注参照
δέ δέ 小辞 この語は変化しない (前の文を受けて)
しかし
ἕτερον ἕτερος 形容詞 中性/単数/対格 (二つのうち)一方は
脚注参照
μέν μέν 小辞 この語は変化しない μὲν A δὲ B
一方でA他方でB
ἔδωκε δίδωμι 動詞 三人称/単数/アオリスト/
直説法/能動態
与える, 許可する
πατήρ πατήρ 男性名詞 単数/主格 父(なる神ゼウス)
脚注参照
ἕτερον ἕτερος 形容詞 中性/単数/対格 (二つのうち)一方は
脚注参照
δέ δέ 小辞 この語は変化しない μὲν A δὲ B
一方でA他方でB
ἀνένευσε ἀνανεύω 動詞 三人称/単数/アオリスト/
直説法/能動態
拒む

脚注

出典と翻訳

ホメーロス, 『イーリアス』, 16.250

πάντων δὲ προπάροιθε δύ᾽ ἀνέρε θωρήσσοντο Πάτροκλός τε καὶ Αὐτομέδων ἕνα θυμὸν ἔχοντες 220πρόσθεν Μυρμιδόνων πολεμιζέμεν. αὐτὰρ Ἀχιλλεὺς βῆ ῥ᾽ ἴμεν ἐς κλισίην, χηλοῦ δ᾽ ἀπὸ πῶμ᾽ ἀνέῳγε καλῆς δαιδαλέης, τήν οἱ Θέτις ἀργυρόπεζα θῆκ᾽ ἐπὶ νηὸς ἄγεσθαι ἐῢ πλήσασα χιτώνων χλαινάων τ᾽ ἀνεμοσκεπέων οὔλων τε ταπήτων. 225ἔνθα δέ οἱ δέπας ἔσκε τετυγμένον, οὐδέ τις ἄλλος οὔτ᾽ ἀνδρῶν πίνεσκεν ἀπ᾽ αὐτοῦ αἴθοπα οἶνον, οὔτέ τεῳ σπένδεσκε θεῶν, ὅτε μὴ Διὶ πατρί. τό ῥα τότ᾽ ἐκ χηλοῖο λαβὼν ἐκάθηρε θεείῳ πρῶτον, ἔπειτα δ᾽ ἔνιψ᾽ ὕδατος καλῇσι ῥοῇσι, 230νίψατο δ᾽ αὐτὸς χεῖρας, ἀφύσσατο δ᾽ αἴθοπα οἶνον. εὔχετ᾽ ἔπειτα στὰς μέσῳ ἕρκεϊ, λεῖβε δὲ οἶνον οὐρανὸν εἰσανιδών: Δία δ᾽ οὐ λάθε τερπικέραυνον· Ζεῦ ἄνα Δωδωναῖε Πελασγικὲ τηλόθι ναίων Δωδώνης μεδέων δυσχειμέρου, ἀμφὶ δὲ Σελλοὶ 235σοὶ ναίουσ᾽ ὑποφῆται ἀνιπτόποδες χαμαιεῦναι, ἠμὲν δή ποτ᾽ ἐμὸν ἔπος ἔκλυες εὐξαμένοιο, τίμησας μὲν ἐμέ, μέγα δ᾽ ἴψαο λαὸν Ἀχαιῶν, ἠδ᾽ ἔτι καὶ νῦν μοι τόδ᾽ ἐπικρήηνον ἐέλδωρ· αὐτὸς μὲν γὰρ ἐγὼ μενέω νηῶν ἐν ἀγῶνι, 240ἀλλ᾽ ἕταρον πέμπω πολέσιν μετὰ Μυρμιδόνεσσι μάρνασθαι: τῷ κῦδος ἅμα πρόες εὐρύοπα Ζεῦ, θάρσυνον δέ οἱ ἦτορ ἐνὶ φρεσίν, ὄφρα καὶ Ἕκτωρ εἴσεται ἤ ῥα καὶ οἶος ἐπίστηται πολεμίζειν ἡμέτερος θεράπων, ἦ οἱ τότε χεῖρες ἄαπτοι 245μαίνονθ᾽, ὁππότ᾽ ἐγώ περ ἴω μετὰ μῶλον Ἄρηος. αὐτὰρ ἐπεί κ᾽ ἀπὸ ναῦφι μάχην ἐνοπήν τε δίηται, ἀσκηθής μοι ἔπειτα θοὰς ἐπὶ νῆας ἵκοιτο τεύχεσί τε ξὺν πᾶσι καὶ ἀγχεμάχοις ἑτάροισιν. ὣς ἔφατ᾽ εὐχόμενος, τοῦ δ᾽ ἔκλυε μητίετα Ζεύς. 250τῷ δ᾽ ἕτερον μὲν ἔδωκε πατήρ, ἕτερον δ᾽ ἀνένευσε· νηῶν μέν οἱ ἀπώσασθαι πόλεμόν τε μάχην τε δῶκε, σόον δ᾽ ἀνένευσε μάχης ἐξαπονέεσθαι. ἤτοι ὃ μὲν σπείσας τε καὶ εὐξάμενος Διὶ πατρὶ ἂψ κλισίην εἰσῆλθε, δέπας δ᾽ ἀπέθηκ᾽ ἐνὶ χηλῷ, 255στῆ δὲ πάροιθ᾽ ἐλθὼν κλισίης, ἔτι δ᾽ ἤθελε θυμῷ εἰσιδέειν Τρώων καὶ Ἀχαιῶν φύλοπιν αἰνήν.

この総勢の一番先には、物の具に身を固めた二人の武士、 パトロクロスとアウトメドーンが、同じ心をひとつに保って ミュルミドーンらの先頭に立ち、戦さをしようとおい込む、折からアキレウスは 220 陣屋の中へはいっていって大ひつの蓋を開けた、 美しい巧みをこらした櫃は、白銀の足をした(母神)テティスが 持っていくようにと船に積んでくれたもので、中にはいっぱいに、いくつもの胴着や 風除けの陣羽織や、羊毛の敷物などが詰まっていた。 中にはまた細工を凝らした高杯たかつきもしまってあったが、それからは、まだ誰一人225 人間の身できらめく赤酒を飲んだこともなく またゼウス父神以外の御神には、神酒みきをそそいだこともなかった。 その杯をこの折に(アキレウスは)櫃から取り出し、まず硫黄の気で いぶしてきよめ、次いで清流の水をそそぐと、 彼自身も両手を洗い浄めてから、きらめく酒をそれに注いで満たした。230 それからは垣のまんなかに立って、祈祷をささげ、大空を見上げて、赤酒をそそぎまつると、 いかずちをとどろかすゼウスも、すぐにおん目をはそれに転じたもうた。 「ゼウス神よ、またドードーネーの、またペラスゴスの、はるかな邸においでになり、 寒風すさむドードーネーをお治めの大神さま、そのあたりには、うら解きの 司祭はふりをつとめるセロイの民が住まいする、その人々は足も洗わず235 地に臥して寝るといういうこと、いかにも先日お祈りしました私の願いを、 お聞き入れくださいまして、私の名誉を重んじ、アカイア方の軍勢を手ひどく 痛めつけてくださいました、そのように今度もまた、この願いごとをお聞きとどけてくださいませ。 といいますのは、私自身は船々を寄せ集めたこの場所に残っていまして、 僚友ともに、大勢のミュルミドーンらを引き連れて戦さをしに遣しますが、240 私と同じように彼へも誉れをお授けください、はるかにかみなりをとどろかすゼウスよ、 また彼の胸中にある心気を強め大胆にし、ヘクトールにさえ語らせますように、 私どもの介添え役が、ただ一人でも戦うことを心得ているか、 それとも、戦さのひしめきあいへと、私についてゆく時だけ、 敵する者もない腕前をふるうというのかを。245 しかしながら、船陣から闘いや戦さの叫びを遠のけましたら、そうしたら 怪我をしないうちに、さっさと速い船のところまで、引き揚げて来ますように、 物の具も無事に、近間で闘う仲間の兵士たちをそっくり連れまして」 こういって彼が祈るのを、全智の御神ゼウスはお聞きになったが、 その半分を父神はお許しになったものの、あとの半分は承知なさらなかった。250 すなわち、船陣から、闘いや戦さの叫びを遠のけるのはお許しだったものの、 無事に合戦から(パトロクロスが)帰って来ることは、承知なさらなかったのだ。 しかしながらアキレウスは、ゼウス父神に神酒をそそぎ、祈りを終えると また陣屋の中へ入ってゆき、杯をひつの中へまた納めておいた。 それから陣屋の前へ出て来て、そこに突っ立ち、255 なおもトロイア勢とアカイア方の恐ろしい闘いを見物しようと考えていた。 (呉 茂一 訳)

メモ

本課の学習項目の一つがμι動詞の変化、特にδίδωμιの変化なので、ἔδωκεの形を正しく把握することが、本課題文の主旨と思われる。

ἔδωκεの語尾-κεは完了(P. 123, §161.)の語尾に酷似しているが、このうちκはSmyth, §755.bによればpart of alternative rootである(完了の-κ-時称接尾辞)とのこと。 alternative rootalternativeとは、交流電気(alternative current)のようになにかの拍子で定期的に切り替わるようなものではなく、特定の時称や人称に応じて現れるもので、「代替語根」とでも表現するべきものらしい。

語尾のが気になるが、こちらも特定の人称や数、時称に応じて現れて、それらを区別させるための母音、ということらしい。 これを人称語尾(personal endings)と表現してしまうと、P.22, §36.の表と矛盾してしまうし、時称幹を作るために付加された母音(ex. チエシュコ, P.138)と表現してしまうと、語幹形成母音(thematic vowel)である-ο/ε-との違いが不明瞭になる。 それをどのような言葉で表現するか、は悩むところであるが、初級文法的には「(ムズカシいリクツは「専門の研究者」に任せて)ゴチャゴチャいわずに形を覚えろ」ということらしい。

本サイトでは動詞の構成要素に関して色分けする際には、疑似的に人称語尾として色分けすることにする。

さて、改めてδωκεの構成をよく見てみると、加音語幹付加された母音であることがわかる。 語幹は第二アオリストの単数で特徴的に使われる語根(alternative root)が現れている。 付加された母音は、alternative rootとの組み合わせで、三人称/単数のものだとわかる。 語末がに終わる第二アオリストは他に二人称/複数があるが、こちらは人称語尾である-τεの一部であるし、語幹も本来の形であるδω/δοであるので、今回の語形には合わない。 したがってこの形は、三人称/単数/第二アオリスト/直説法/能動態であるとわかる。

今回の語形の判定をまとめると、

  1. 加音があるので副時称
  2. alternative rootが出ているので第二アオリスト
  3. 人称語尾が見当たらない代わりに、付加された母音と思われるεで終わっているので、三人称/単数
  4. 他に付加された要素や変更がなさそうなので、直説法/能動態

ということになるのではないかと思う。

ἕτερον A ἕτερον Bの対比を更にμὲν … δὲ …でコントラストを強調している。 課題文で最初に出て来るδέは、前の文章を受けて「しかし」くらいのニュアンスで使われている。

脚注で定冠詞τῷは人称代名詞として使われていて、ここではパトロクロスを指すとあるが、出典と翻訳を詳しく見るとわかるように、パトロクロスの活躍と無事の帰還をゼウスに祈っていたのはアキレウス。 「パトロクロスに」活躍を許し、帰還を拒否したのか、「祈っているアキレウスに」前半部のパトロクロスによる活躍を許し、後半部の無事の帰還は拒否したのか、で、τῷはパトロクロスとアキレウスの二通りの読み方ができるように思える。

ἀνένευσεἀνανεύωの三人称/単数/アオリスト/直説法/能動態。 時称接尾辞である-σ-があるので、こちらは第一アオリスト。 ἀνανεύωἀνάνεύωの合成語。 ἀνάは多くの場合「上へ」というニュアンスを持つが、ここでは「逆に」とか「後ろに」みたいな感じ。 νεύωに「うなずく」という意味がある。 つまりこの語は「普通にするような、肯定の意味で首を縦に振らない」というニュアンスの語。

まとめると、「彼(τῷ)に、父(なる神)は(二つある願いのうちの)その片方(ἕτερον μέν)をδίδωμιしたが、もう片方(ἕτερον δέ)はἀνανεύωした」くらいが本課題文の文意と思われる。


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