§1. ギリシア語で使われる文字
常用される文字一覧
古典ギリシア語で常用される文字は、以下の24文字である。
大文字 | 小文字 | 名称 | 音価 | ローマ字転写 |
Α | α | alpha | [a], [aː] | a, ā |
Β | β | bēta | [b] | b |
Γ | γ | gamma | [g], [ŋ] | g, n |
Δ | δ | delta | [d] | d |
Ε | ε | epsīlon | [e] | e |
Ζ | ζ | zēta | [zd] | zd, (dz, z) |
Η | η | ēta | [Ɛː] | ē |
Θ | θ | thēta | [th] | th |
Ι | ι | iōta | [i], [iː] | i, ī |
Κ | κ | kappa | [k] | k, (c) |
Λ | λ | lambda | [l] | l |
Μ | μ | mȳ | [m] | m |
Ν | ν | nȳ | [n] | n |
Ξ | ξ | xī | [ks] | x |
Ο | ο | omīkron | [o] | o |
Π | π | pī | [p] | p |
Ρ | ρ | rhō | [r] | r, rh |
Σ | σ, ς | sīgma | [s] | s, z |
Τ | τ | tau | [t] | t |
Υ | υ | ȳpsīlon | [y], [yː] | y, ȳ |
Φ | φ | phī | [ph] | ph |
Χ | χ | khī | [kh] | kh, (ch) |
Ψ | ψ | psī | [ps] | ps |
Ω | ω | ōmega | [Ɔː] | ō |
- 古代には大文字しかなかった。紀元後5世紀ころに丸みを帯びたアンシャル体が登場し、小文字の表記が定着したのは紀元後9世紀ころといわれている。今日では大文字が使われるのは、a)固有名詞の語頭、b)パラグラフや引用文の初め(流儀によっては小文字で始まることも少なくない)、c)その他特殊な場合、くらいである。
- σとςの使い分けは、στάσις(=stasis)のように語尾の場合はς、それ以外はσである。
- 近代語においてはκはcに、χはchに置き換えられることが少なくない。
- ζは元来dzまたはzdの音を持ち、分類上も複子音ではあるが、Ζεύς(=Zeus)のようにローマ字に転写されるときにzとされることが少なくない。
- yの長母音を表わすのに、ȳ ([u+0233])を用いても、ダイアクリティカルマークを用いたȳ ([u+0079][u+0304])としても、私の現在の環境(2019年8月, Windows10, Chome)では長音記号(macron)が文字の右にズレて表示されてしまう。 どんなフォントを使えば適切に表示されるのか、はまだ調べがついていない。
異字体
ϐ(βの異字体)
フランスの出版物などでは、語中のβにϐを使い、βίϐλος(=βίβλος)のように表記していることがある。 フォントや印刷の状態によっては、ρの異字体と見間違えやすい。
ϑ(θの異字体)
ϖ(πの異字体)
ϱ(ρの異字体)
ϲ(σの異字体, クレセント—三日月—のシグマ)
流儀によっては、σの異字体としてローマ字アルファベットのcによく似た、ϲという字を使う時がある。 ϲを使うときは、ϲτρατόϲ (=στρατός)のように語中も語尾もϲを使う。
ϕ(φの異字体)
ディガンマ, ワウ
アッティカ方言(典型的な古典ギリシア語の入門書で想定されている、アテーナイを中心とした地域の方言)では比較的早く使われなくなったが、イオニア方言ではヘレニズム期初期くらいまで使われた文字に、ローマ字アルファベットのFによく似たϝ(ディガンマ, digamma)がある。 音価はw音であったとされている。
ディガンマという名前は「ガンマ(Γ, 当時は大文字しかなかった)が二つ」という意味であり、その文字の形から来ている。
この文字のことを、その音価からワウ(wauまたはvau)と呼ぶこともある。
ϝοῖνος(woinos) → οἶνος(oinos) → (英 wine)のように、この文字を挿入して理解した方が理解が容易になるときがある。
半母音のイオタ
形態論として語の成り立ちを考えるとき、半母音としてのイオタが挿入されている、と考えるときがある。 実際にはy音に近いものであったと想像されている。 SMYTHなどはこれを"ι̯"のように書き、マルティン・チエシュコなどはこれをイタリック体の"y"で表す。
合字
手書きの資料を見ている時、明らかに見覚えのない文字(群)に出くわすことがある。 それは合字(ligature)と呼ばれる略記法かもしれない。 検索すればいくつも資料は見つかるだろうが、たとえばQuick-Refernce Greek Ligature Guideのようなものがわかりやすいかもしれない。