練習 16.1

課題文

γλυκὺ δὲ πόλεμος ἀπείροις.

語彙

文中の語 見出語形 品詞 変化形 主な意味
γλυκὺ γλυκύς 形容詞 中性/単数/主格 甘い, 快い, 楽しい
δὲ δέ 小辞 不変化詞 (単体での訳出不能)
πόλεμος πόλεμος 男性名詞 単数/主格 戦争
ἀπείροις ἀπείρος 形容詞 男性/複数/与格 経験のない

脚注

特になし。

出典と翻訳

不詳。 ただし、ピンダロスの断片(87)として

γλυκὺ δ᾿ ἀπείροισι πόλεμος· πεπειραμένων δέ τις ταρβεῖ προσιόντα νιν καρδίᾳ περισσῶς.

がある。

文の前半、コロンまでは語の順序が少し違うだけで、テキストの課題文と同趣旨の内容。 問題は、文の後半。

  1. πεπειραμένωνについて
    1. πόλεμοςに関してἀπείροςな人たちなのか
    2. 続くδέを受けて、そう「ではない」人たちなのか
  2. δέについて
    1. πόλεμοςに関してἀπείροςな人たちの状況の別の側面を見ているのか
    2. そう「ではない」人たちのように、人々のカテゴリーがコントラストされているのか

をどのように採るか、でかなり悩む。 この後半部は訳本を見ると

体験した者はそれが迫ると心底から恐怖を覚える
(内田次信 訳)

のようになっていた。

この部分は2019年8月に明治学院大学言語文化研究所の公開講座として古典ギリシア語を教えられている金子佳司先生に質問できる機会があり、お話を伺ったところ、後日、ていねいな解説をいただくことができました。 わずかでも覚えているうちに、私の少ない理解力でその内容を整理すると(思い違いがあるとすれば、私の記憶違いによるものです)

  1. 中受動態の完了分詞πεπειραμένωνとそれに続くδέについて
    1. この分詞は名詞的に、かつ独立属格として使われていると思われる
    2. 続くδέによってコロンの前のἀπείροςな人々とのコントラストがとられている
    3. 完了分詞πεπειραμένωνの元になる動詞πειράωには「与格を試す」(c. dat. modi, make a trial or put a matter to the test)という意味もあるが、ここではκαρδίᾳπειράωの補語であるとは採らない
  2. 動詞ταρβεῖと分詞προσιόνταについて
    1. ταρβεῖは「対格を恐れる」という意味である動詞ταρβέωの三人称/単数/現在/直説法/能動態
    2. ταρβεῖの主語は誰か(τις)
    3. 恐れている内容は対格で表されている分詞προσιόντα
    4. προσιόνταの元の動詞は「やってくる」という意味のπρόσειμι(εἶμι)
    5. 何がやってくるかというと戦争(πόλεμος=男性名詞)だから、この分詞は男性/単数/対格と思われる
    6. 現在分詞προσιόνταは中性/複数/主格または呼格または対格も同形だが、以上の理由から男性と考える(「やってくることども」と中性で考えることも、もちろん可能)
    7. νινは三人称/単数/対格のドーリス方言(ただし与格として使うときもある)
    8. νινが表しているのは戦争(πόλεμος)で分詞προσιόνταと数, 格が一致する
  3. 与格をとっているκαρδίᾳについて
    1. καρδίᾳの与格が「限定の与格」か「手段の与格」か、もっと他の用法なのかは現時点では断言できない
  4. 副詞περισσῶςがかかる先について
    1. 以上を考慮すると、動詞ταρβεῖにかかるとみるのが素直な読み方に思える

これには異読もあって、それによると

γλυκὺ δὲ πόλεμος ἀπείροισιν, ἐμπείρων δέ τις ταρβεῖ προσιόντα νιν καρδίᾳ περισσῶς.

と課題文ではἀπείροιςと標準的な形になっている部分がἀπείροισινとイオニアまたはアイオリス方言などで見られる形になっている。

メモ

形容詞γλυκύςの変化が16課のテーマの一つ。 とはいえ、ここでは名詞的に使われていると思われる。

形容詞と解すると、γλυκὺπόλεμοςと性/数/格が一致せねばならず、男性とならねばならないが、男性とした場合にこのような形になるのは単数/呼格(§84の表参照のこと)。 一方でπόλεμοςが単数/呼格であるならばπόλεμεという形になるハズである。 つまり、形容詞として解したときには、主語となるべきπόλεμοςと格が一致しないので不自然と感じる。

中性名詞として解すれば、文末にἐστι(ν)が省略されていると考えて、πόλεμοςγλυκύςなものである、というのが文の基本的な構造であると思われる。

ἀπείροιςもまた名詞的に使われており、「経験のない人々にとっては」と解するのがこの場合適切であると思われる。

δέは文脈がわからないので、ここでは「さて」くらいに考えておく。

まとめると、「さて(δέ)、ἀπείροςな人々にとっては、πόλεμοςγλυκύςなものである。」くらいの内容が本課題文の文意と思われる。


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