第2課
概観
§6. 音節
§7. アクセントのつきうる音節の名称
§8. アクセント
§9. アクセントの種類
§10. アクセント決定における語末の-οιおよび-αι
§11. アクセント規則のまとめ
§12. 句読点
§13. apstropheとcoronis
(補足) 音節とその長短について
水谷の文法書には出てこないが、他の文法書の多くでは説明されているものに、音節の長短がある。 音節の長短の組合せによって韻律が規定されるので、叙事詩や抒情詩、悲劇などの韻文を読むときには、これを意識すると理解が深まるように思える。
音節の定義
音節(syllable)とは母音からなる音韻的単位のことで、母音または2重母音(複母音)の数だけ音節がある。
音節の長短
音節には「長い」音節と「短い」音節があり、拍(mora)と呼ばれる単位の数で区分される。 「長い」音節は2拍、「短い」音節は1拍である。
なぜこのような定義が必要かというと、長母音と短母音の組合せによる二重母音や、下書きのイオタをとるとき古い時代ではイオタの音も発音していたが、これらのときは何拍になるかという疑問が生じる。 下書きのイオタは古い時代には発音されていたが、ヘレニズム期には発音されなくなり、紀元前100年ころからはイオタ自体が綴られなくなったが、11世紀ころにその存在があったことを示す符号として採用されたもの、という(SMYTH §5.a参照)。
長母音ですでに2拍とっているのだから、イオタの分も発音すると3拍の音節があるのかもしれない、とも思えるが、 実際には、下書きのイオタをとるような綴りのときも、2拍と数えられていたらしい。 つまり、下書きのイオタにおけるイオタの音は、先行する長母音に軽く添えるように発音されるものであったらしい。
音節の長さ(quantity)だけを表現するとき、以下のような記号が用いられる。
- ⏑ は短い音節を表わす
- ‒ は長い音節を表わす
- ⏓または× は短いまたは長い音節を表わす
- ⏕ は短い音節二つまたは長い音節一つを表わす
辞書や文法書では、短母音でも長母音でもあり得る母音の長短を明示するために、⏑(短音記号, ブレーヴェ, breve)や‒(長音記号, マクロン, macron)を母音の上に表記していることがある。 しかし、これは辞書や文法書でのことであり、実際のテキストには書かれていないのが普通である。
音節の区切り方(P.5, §6.参照)
- 基本的に、(あるならば)先行する子音(群)と母音を組み合わせて、一つの音節とする。
- ただし、文末(単語単体であれば語末)や(韻文ならば)行末で母音に子音または複子音が続くときは、それも一つの音節として含める。
- 二つ以上の子音(群)が続くとき、語頭に立ちうる子音群は、(たとえ語をまたいでも)同じ音節に入れる。
今、語中の音節の区切りを"-"で表すと
οἶ-νος(‒⏑) 葡萄酒, πούς(‒) 足
短い音節
その音節を構成する母音が短母音で、単子音または2重母音(複母音)を構成しない母音が一つ続くとき、その音節は短い音節とされる。 語中の音節の区切りを"-"で表すと
θε-ός(⏑⏑) 神, πό-νος(⏑⏑) 労苦, ἐκ(⏑) (属格とともに)~の中から, γάρ(⏑) 前の文章を受けて、その理由や言い換えを導く
複母音と同じ綴りであるが音韻上は分離した母音群であるとしたいとき、複母音の二番目の母音の上に ̈ (分離符, diaeresisまたはdieresis)を付ける。
Ἀρηϊφίλου Μενέλαου(⏑‒⏑⏑‒ ⏑⏑‒‒)
アレースの
本質的に長い音節
音節が長母音または2重母音(複母音)を持つとき、その音節は「本質的に長い(long by nature)」といわれ、長い音節とされる。 語中の音節の区切りを"-"で表すと
φή-μη(‒‒) 噂, ῥᾴ-δι-ος(‒⏑⏑) 容易な
母音融合(約音)によって一つの文字にまとめられた母音も、「本質的に長い」といわれ、長い音節とされる。
ἀείδω(⏑‒‒)に由来するᾄδω(‒‒), ἀεργός(⏑‒⏑)に由来するἀργός(‒⏑)(αは長く発音する), ἱερός(⏑⏑⏑)に由来するἱρός(‒⏑)(イオニア方言および叙事詩形, ιは長く発音する)やἶρος(‒⏑)(アイオリス方言)
位置によって長い音節
音節を構成する母音が短母音であっても、二つ以上の子音か複子音が続くとき、その音節は「位置によって長い(long by position)」といわれ、長い音節とされる。 語中の音節の区切りを"-"で表すと
ἵ-ππος(‒⏑) 馬, ἐξ(‒) (母音で始まる属格を直後に持ち)~の中から
その関係が単語間にまたがっても、「位置によって長い」は成立する。
νήπιοι(‒⏑⏑)· ἐκ(‒) γάρ(‒) σφεων(‒) φρένας(⏑⏑) εἵλετο(‒⏑⏑) Παλλὰς(‒⏑) Ἀθήνη(⏑‒‒)
(『イーリアス』, 18巻311行目)
いくつかの注意点を挙げると
- 語末の-οιおよび-αιはアクセントを決めるときには若干の例外を除いては「短い」音節とされ、韻律を評価するときも「短い」音節と評価されることがある(「常に」そうなるとは限らない)。
- ἐκ γάρのεもαも短母音であるが、直後に二つ以上の子音が続いており、韻律上は「位置によって長い」とされ、長い音節になっている。
- σφεωνは本来⏑‒となるハズだが、εωを一つの「長い」音節としてみなしている。このような現象をsynizesisといい、実際の発音をカナで表記すると「スピョーン」のような発音であったと思われる。