練習 3.1
課題文
μέτρον ἄριστον.
語彙
文中の語 | 見出語形 | 品詞 | 変化形 | 主な意味 |
μέτρον | μέτρον | 中性名詞 | 単数/主格 | ものさし, 尺度, 適度 |
ἄριστον | ἄριστος | 形容詞 | 中性/単数/主格 | 最良の(ἀγαθόςの最上級) |
脚注
特になし。
出典と翻訳
Κλεόβουλος
いわゆる「ギリシア七賢人」の一人。
紀元前6世紀ころの人。
ディオゲネース・ラーエルティオスの『ギリシア哲学者列伝』1.6.93に
Ἀπεφθέγξατο· μέτρον ἄριστον. καὶ Σόλωνι ἐπέστειλεν οὕτω·
「適度が最善」とは彼の金言である。
また彼はソロンに次のような手紙を送った。
(加来彰俊 訳)
として、課題文の部分が彼の言葉として引用されている。
使っている語は違うが、ヘーシオドス, 『仕事と日』,694行目で
μέτρα φυλάσσεσθαι· καιρὸς δ᾽ ἐπὶ πᾶσιν ἄριστος.
(松平千秋 訳)
と述べている。 μέτραはμέτρονの複数形。 これをφυλάσσω(アッティカ方言形ならφυθλάττω)すること(不定詞)、というのが前半の内容。 不定詞は動詞を名詞化したような語なので、「~すること」(「~する人」だと分詞が多い気がする)と訳されることが多い。 この引用文での不定詞は命令的なニュアンスを持つもので、日本語でも「~すること」というと命令的なニュアンスが入る場合がある。
ἐπίは与格をとって「~の上に」くらいの意味を持つ前置詞。 与格をとっているのは、「すべての」とか「あらゆる」という意味を持つπᾶς(P. 63, §86.)で、男性/中性同形の複数/与格。 ここでは「すべてのことども」として中性に解することにする。 καιρόςは「好機」と訳されることが多い語。 ここでは時間的な適切さではなく、程度の適切さを表す語として、μέτραを言い換えていると思われる。 程度の適切さが、すべてのこどどもの上にあって、最善のことである、くらいが後半の文意。
こういう内容を持った、何かことわざのようなものがあったのかもしれない。
メモ
マトモな読解文としては、最初の課題文。 形容詞は修飾する名詞と性, 数, 格が一致するので、辞書の見出し語ἄριστοςがἄριστονと中性/単数になっている。 中性だから、主格と呼格と対格が同形ではあるが、ここでは当然主格と読む。 対格ならば、この場合対格を要求する動詞か前置詞などが欲しいし、呼格は多くの場合間投詞ὦが名詞に先行する。
名詞に定冠詞がついていないので、形容詞が「限定的位置 」なのか「述語的位置 」なのか悩むかもしれないが、この2語をもってピリオドで文が閉められているので、述語的位置 として読むのが適切。 つまり「μέτρονがἄριστοςである」(§21を参照のこと)と読む。
英語でのbe動詞であるεἰμίの変化形(ここではἐστιまたはἐστιν : 三人称/単数/現在/直説法/能動態)が省略されている、と考えるとわかりやすいかもしれない。 挿入位置に関しては、ギリシア語は語順の自由度が高いので、
ἐστὶ μέτρον ἄρινστον.
でも
μέτρόν ἐστιν ἄριστον.
でも
μέτρον ἄριστον ἐστί(ν).
でもいいのだけれども、文末につくことが多い気がする。 ἐστίνの語末のνは、「付加音のν (ν-mobable)」(練習3.9の脚注参照)。 ただし、文頭で語頭にアクセントをつけて
ἔστι μέτρον ἄριστον.
とするとεἰμίを強調した表現になるので、少しニュアンスが変わってくる。
ἄριστοςは「よい」とか「勇敢な」とか「すぐれた」などのを意味する形容詞ἀγαθόςの「よい」という意味での最上級。 ἀγαθόςは非常に広い範囲の意味を持つ。
形容詞の比較級および最上級については第13課で学習する。 多くの場合、ギリシア語における形容詞の比較級および最上級は特徴的な語尾に変化するだけだが、ἄριστοςは語形がまるっきり変わる例の一つ。
問題となるのはμέτρονの訳語選択だけれども…。 「ものさしが最良である」、「尺度が最良である」、「適度が最良である」のうち最も適切と思われるものを選べばいい。